それは夏が連れてきたしるしだった
summer sign
左右逆の世界のみやと現実世界のみやがジッと睨めっこ
一生懸命に手を動かしている
スーッと肌に馴染んでいく、日焼け止めの白
こうやって見ていると、みやの肌は思っていたよりも白くない
「梨沙子、準備大丈夫ー?」
「うーん、ちゃんと出来てるよー」
毎朝、毎日、毎回
外出するとき、みやは入念に日焼け止めを塗る
私だけのときは全然良いんだけど、ちぃとか熊井ちゃんが一緒のときは
少し嫌味になってるんじゃないかなって、私がヒヤヒヤしてしまう
“やっぱ、焼けたくないじゃん”
みやがそう言う度に、私はそんなにしなくても良いじゃんと言ってきた
それでもみやは努力を怠らなかったし、
その度に私はそんなみやを見つめてきた
ただ、何も言わないで
ただ、ずっと真っ直ぐに…
* * * * *
私の通う中学校まで歩いて20分くらい
みやの高校はそこから5分くらい行ったところ
田舎の学校だから年々生徒数が減って行く一方で
どっちもいつ潰れてしまうか分からない様な状態
それでも、ゆっくりと流れる時間を感じる事が出来る
私はそれが凄く好きで、みやも多分そうなんだと思う
だから、私たちは毎朝海沿いの道を歩いて学校に向かう
二人一緒に並んで歩いたり、私がみやの後ろを歩いたり
喋ったり、喋らなかったり
1日はだいたい二人の気分によって決まって
みやが機嫌が悪いと私はちょっとだけ悲しくなって
みやが機嫌が良いと私は結構嬉しくなったりした
それでも一人で歩くよりは二人が良くて
丁度、良い数がみやと居ると“2”だっただけで
そして毎日みやは一瞬、海を見て立ち止まる
私もみやが歩き出すまで海を見る
みやは歩き出す前に絶対「夏になったら一緒に遊びに行こう」と
小さく呟いて、一人納得した様に頷いていた
それを聞こえない振りで流していたけど
心臓はバクバクと打っているのを必死で隠そうとしていた
それくらい嬉しかった
* * * * *
「梨沙子、帰ろう」
「うん、あっ…ちょっと待って」
みやが浜から道路へ上がりかける姿を見て
私は走り出そうとしたけれど、上手くいかなかった
ミュールのストラップで踵が擦れて赤くなっている
毎日の様にみやと海に遊びに来ていた
めんどくさいって言うのもあったけど、一番の理由はお気に入りだから
それで毎回このミュールを履いていた
それがたたったのかは知らないけれど、いつの間にか踵は赤くなっていた
「どうかしたー?」
「んー、靴擦れ…」
駆け寄って来るみやと足を交互に見て、私は力なく笑うしか出来なかった
年の差とかじゃなくて、私とみやの間には大きな違いがあると思う
慣れた友達とだと落ち着かない行動ばっかのみやは
なぜか私の前ではすごくしっかりしている気がする
あれも、これも、それも、どれも
「あちゃー…大丈夫、じゃなさそうだね」
「…、うぅん、大丈夫だよ」
しゃがみ込んだみやが、私の足に触れる
靴擦れした場所よりも触れられた場所の方が熱を持っている気がする
そんな風に思っているのに黙ったまま、みやにされるがままでいるしかない
ドキドキが止まらない
それはどうしてもみやに伝わったらダメだと言い聞かせる
「んー…じゃあ、ウチの代わりに履きなよ」
「えっ?」
「ほらウチのビーサンだしさ、梨沙子のだったらウチも履けるし」
しゃがんだままのみやがサンダルをポンと脱ぐと
今度は私の足に手を掛け、ミュールを脱がせる
妙になれた手付きに見えるのは様になっているからだろうか?
みやが何かをする度に絵の様に綺麗だなって思ってしまう
幼い頃から一緒の私が今でも心奪われてしまうくらいだから
他の皆はどうなんだろう?と思う
* * * * *
“皆が言うほど器用じゃない”
みやは口癖の様に私にそう言う
うん、と私は頷くけれど、納得いかない部分もある
確かにみやは不器用だ
感情を上手く現せないし、バカだし、そんな事に気付いていないし
近くに居る私が気付いてあげなきゃ、自分で気付かない事も多々ある
それでもやっぱりみやは器用だと思う
陰で努力をしているのをしっかり発揮出来るのは器用な証だと思う
そんなみやを私はずっと見てきた
そんなみやが不思議だなって思う時もあった
まるで矛盾しているって思う時だって
それでも矛盾が私はたまらなく好きだった
だって、それがみやがみやだっていうしるしだから
* * * * *
「ほら、はい」
「あっ、大丈夫なのに…」
私の言葉には耳も貸さないで、みやは私にサンダルを履かせる
みやによく似合う色の赤いビーチサンダル
(なんだかなぁ…)
何となくだけど恥ずかしくなる
みやが履かせてくれた事
何となくだけど、シンデレラの気分が分かった様な気がする
履かせてもらってるのはガラスの靴でもなくて
みやのサンダルって事なんだけど…
「これで痛くないでしょ?」
「ごめん…」
「何で謝るのさー?梨沙子が歩けなくなるより良いでしょ」
みやは立ち上がって砂を手際よく払って
私に手を差し伸べた
太陽は海に沈んで行こうとしているのに
みやとは正反対の方向にあるっていうのに
なぜだかみやが凄く眩しくて
私は一瞬、ほんの少しだけ俯いてしまった
「大丈夫?」
「あっ、うん…」
みやが差し伸べた手を取って、立ち上がろうとした瞬間だった
「あっ…」
「んっ?」
「イヒヒ…何でもなーい」
「変な梨沙子」
みやは気付いていない
だけど、私は気付いている
それはいつもの事で、なんら不思議ではないけれど
私はそれが嬉しくなる
だから、私は笑みが零れる
みやの足の甲
うっすらと白い線が走っている
それは丁度、サンダルの鼻緒があたる場所
要するに、日焼けのアト
毎日、念入りに日焼け止めを塗っていたみやが見落としてしまったところ
教えようかな?うぅん、教えない…
あと少しだけ、そんなおっちょこちょいなところを
夏が連れてきた可愛いしるしを、私だけ気付いておこう
そう思って少しだけ強くギュッと手を握った