窓の外はかんかん照りの青空と春の名残の爽やかな風
明るく見える世界は夏の光に照らされているんだろうか?
「ナツノヒカリ」
コンコンとゆったりしたテンポでノートをペンで叩き
窓の外をジッと眺める
授業が分からない訳じゃない
理解出来ている訳でもないけれど、一生懸命にはなれない
「…きー、すずきー」
「愛理、呼ばれてるよ!!」
窓際の席だからいけないんだ、なんて自分勝手な言い訳をする
気持ちが良いとか言うんじゃなくて
どこか空っぽにしてしまう力があるんだと思う
それはゴツンと言う少し乱暴な音で現実に引き戻される
「鈴木、お前余裕だなー」
「はぁ、まぁ…」
「これから伸びて来るヤツが沢山居るんだからな」
「すみません…」
机を丸めた教科書でボンボンと叩いて先生は私を軽く睨む
この前から、この先生とは折り合いがつかない
私の事に一生懸命になってくれるのは嬉しいけれど
全部が全部飲み込める様な事ではない
私にだって譲れない部分があって、
それが今回は中学生活で最後のイベント『受験』だったってだけ
もっと上を目指せると言われるのは私を認めてくれてる事だけど
同時に否定されている様な気分になる
私にだって考えがあって、いろいろ決心しているんだ
それを先生は少しでも分かってくれているんだろうか?と疑問に思う
「もう、呼んだのに」
「りーちゃん、ごめん」
先生が教卓に戻っていったのを見てりーちゃんがブーッと頬を膨らませ私を見る
まるで自分が怒られてしまったかの様な表情を見ると
いつもの少し大人びた姿は見当たらない
私はそんなりーちゃんの方が好きだなって思う
授業は何も無かったかの様に進んでいくけれど
私はやっぱり集中出来ない
多分、それは外の世界の眩しさのせいだと自分に言い聞かせた
* * * * *
人工的な青のソーダアイスバーの色は
どこか空の青に似ていると言う矛盾に気付いた日
繋いでた手がフッと離れた
それは一瞬で、繋がりは儚かったと言わんばかりに
「えっ…」
「だから、ウチも来年は高校に入るなーって思ってさ」
少しかすれた様なその声はいつもと変わりがない
時折シャクシャクとアイスを噛む音が混ざっている事を除けば
ただ、私は事態を飲み込めなかった
初めて、この声を聞いていたくないと思った
「高校は忙しいんだって、皆に言われる」
「そうなんだー」
「こうやって遊ぶ暇無くなるかもってさ」
「あっ、うん…そっか」
ポトリとアイスが溶けて手に零れる
ヒンヤリと冷たさが広がって、現実なんてこんなモノだと笑い声が聞こえた
キョロキョロ見回しても、私とえりかちゃんしかいない
一体何だったんだろう?と怖くなる
「愛理と簡単に会えなくなるね」
「そうだね」
「大丈夫?」
「うん、私も来年中学生になるんだよ…もう大人だよ」
強がって笑ってみせると、一瞬凄く悲しそうな顔をされた
何でえりかちゃんがそんな顔をしたのか私には分からなかった
だけど、本当は笑って欲しかったって思った
「心配?」
「愛理が大丈夫だって言うなら、安心」
「大丈夫だよ、私りーちゃんとか千聖と違うから」
「あの二人は特別幼いからねー」
ハハハっと大きな声を上げて笑い出したえりかちゃんを見て
私はきっと少しだけ大人になったんだと、今になっては思う
そんな事なら、私は本当は
大人になんて、ならなくて良かったのに
大人になんて、なりたくなかったのに
* * * * *
「まだ5月なのにこの暑さはなんなのさー」
「千聖、五月蝿い、暑い、黙って」
「ワーワー。りーちゃんって風流じゃないねー」
帰り道、もう夕方だと言うのに空は青くて
ベタベタと暑さがシャツを捲った腕にまとわりつく
そんな暑さに嫌気がさしている私の隣で
千聖とりーちゃんはそんな事を気にせず騒いでいる
「二人とも、これから夜まで塾あるから騒いでると疲れるよ」
「「だって、コイツが!!」」
「分かったから少しは静かにしてよ」
それでも騒ぎ続けるのはいつもの事で
それは嬉しくもあり、煩わしくもある
私はつくづく厭なヤツだとも、思う
この二人とは違う、私は大人なんだと優越感に浸っている部分を否めない
「はぁー早く終わらないかな…」
「愛理、何が?受験?終わって欲しいねー、千聖もそう思うよ」
「うん、そうだね…」
私の話に相槌を打つ二人
でも、何も分かっていない
私が終わって欲しいと思っているのは受験じゃない
今、まさに始まろうとしている夏
* * * * *
「あー愛理だ」
「あっ、みや…」
休みの日の本屋には色んな人が居る
子ども連れのお父さんに、私と同じ年ぐらいの子
外国の方も居るし、本当に多種多様って感じ
私は参考書や問題集の棚を見ている
漫画の棚も近くにあって、こんな配置じゃ誘惑に負けてしまう人が続出だと思う
今日もやっぱり、その誘惑に負けた人が沢山いるみたいで
漫画を持ち、立ち読みしている若い人が沢山居る
「何、問題集?」
「うん、そう。みやは?」
「ウチは涼みに入って来ただけー…そしたら、立ち読みが止まらなくって」
綺麗な容姿に似合わない無邪気な笑い方をする人だ
と、みやに会う度に毎回思わされる
だからこそ、私はみやが好きで、少し羨ましく思っていた
「そう言えばさー、この前えりかからメール来たよ」
「…ふぅん」
「あれ、愛理には来なかった?」
「うん…」
夏が来る、あなたがやって来るのは本当でしょうか?
私の前に、あなたはまた来てくれるでしょうか?
* * * * *
「愛理、あーいりっ!!」
外から聞こえて来るのは虫の声と、えりかちゃんの声
インターフォンを鳴らせば良いのに、毎回大声で呼びかけて来る
いつ、その声が聞こえるか、私はドキドキしながら待っていた
それは二人が一つずつ年をとっても変わらなくて
その頻度こそ変われど、
私が中学生になって、えりかちゃんが高校生になってもやっぱり変わらなかった
ガラリと窓を開け、体を少し乗り出す
下を見れば、優しい笑顔を簡単に見つける事が出来る
「何?」
「いや、ちょっと話、したくなった」
「うん良いよ、降りるから待ってて」
夜と言えども夏は夏で、暑さは簡単に消えない
それでも、ぴったりと寄り添う様にして歩く
離れない様に、離れない様にと、ゆっくり着いて行く
「あのさ、ウチ…」
「うん、なぁに?」
「好きな人出来たかも知れないんだ」
「うん」
ピタッと立ち止まって、えりかちゃんは私を見る
何でそんな顔してるの?なんて聞けなくて
そんなのずるいよ、なんて言えなくて
私はただ、小さく「うん」と頷いた
「高校の同じクラスの子でね、凄い子なんだ」
「へぇー」
「でもさ、可笑しいんだよ…何で好きになったか分からないの」
「うん」
「だって、その子女の子なんだよ…」
えりかちゃんは今にも泣き出しそうな顔で、それなのに無理して笑っていた
私はそんなえりかちゃんを見て、グッと胸が苦しくなった
「気持ち悪いよね」
「全然、えりかちゃんが好きな人なら素敵な人なんだろうなって思うよ」
「その子はそうだけど、ウチは気持ち悪いよ」
「そんな事ないよ、全然気持ち悪くない」
ギュッと手を握って、私は精一杯の気持ちを伝えようとする
次第にポロポロと涙が流れて来たのは、えりかちゃんじゃなくて私だった
「ごめんね、こんな話聞かせちゃって」
「うぅん、大丈夫だよ」
「ダメだね、ウチ年上なのに」
「そんな事ないって、えりかちゃんはえりかちゃんだもん」
私が鼻声でそう言うと、えりかちゃんはフフっと笑った
いつもみたいに笑って、私の頭を撫でてくれる
その手は温かくて、夏の暑さに溶けてしまいそうで
私は涙がやっぱり止まらなかった
「愛理は優しいね」
「えりかちゃんも優しいよ」
「ありがとう…愛理に話したら少しだけ楽になった」
「良かった…」
繋いだいた手がフワッと離れる
何となくだけど、それで予感がした
今日で最後、今日でおしまい
「帰ろうか」
「うん」
「アイス買ってあげるよ、お礼に」
パタパタと風に揺られて葉っぱが音を立てた
私たちもポツリポツリと歩き出す
「えりかちゃん」
「んー」
「好きだった、私」
それだけ言うと、私はえりかちゃんを見ないで走り出した
名前、呼ばれた様な気がしたけど
多分それは風が運んだ空耳なんだと、私は思った
それ以来えりかちゃんの事を見ていない
嫌われてしまったのなら、自業自得で
嫌われていないとしても、迷惑な話だったんだろう
私はずるいヤツなんだ
えりかちゃんが優しいから、私の気持ちを知ったら
少しでも私の事を見てくれると思ったから
勢いでもなんでもなくて、私はちゃんと計算していた
だから、断ち切る様にえりかちゃんは私の気持ちを断ち切る様に
全く姿を見せなくなったんだと思う
* * * * *
「愛理、私コンビニ寄りたい」
「うーん、良いよ…て言うか、転けるよ」
「大丈夫だって」
ピョコンピョコンと走る様に歩くりーちゃん
私は転けない様にと注意するが、聞く耳を持たない
「この前千聖も言ってたけど暑いねー」
「そうだね」
「愛理ってさー、夏嫌いだね」
「…うん、嫌いかも」
りーちゃんが何でも無い様に言った言葉
私にグサリと刺さって来る
それでも平然とした態度で居ようとする
出来るだけ、誰にも悟られない様に
私の気持ちが変わっていない事を誰にも悟られない様に
ガラーっとコンビニの自動ドアが開く
既に冷房がギンギンに効いていて、少し肌寒い
「飲み物見て来るねー」
「うん、私雑誌見てるよ」
何気なく雑誌を手に取っては開いて、
置いては新しいものを取るのを繰り返すけど
手持ち無沙汰になってしまう
「あっ、アイス…」
立ち止まる冷蔵庫の前
毎年色んな種類のアイスが出るけれど、定番のアイスだってある
私は絶対、それは買わないし、食べない事にしている
それなのに、妙に視界に入って来る
「ごめんなさい、ちょっと良いですか…」
「あっ、すみません…」
私が邪魔をしていたのか、横に体をずらす
その瞬間、覚えのある感覚に襲われる
「えりかちゃん…」
「愛理…」
懐かしい笑顔に、私も笑ってしまう
結局、何にも変わっていないんだなって実感する
「愛理ー、って梅田先輩お久しぶりです」
「あっ、うん久しぶり」
やって来たりーちゃんがぺこりと頭を下げる
それに優しく微笑むえりかちゃんはやっぱり何も変わっていない
「あれー、えりその子たち後輩」
「あっ、うんそう、後輩」
えりかちゃんの隣にやって来た人
長い黒髪がふわりと揺れて、辺りの雰囲気が少し変わる
そして、その人が自然とえりかちゃんの手を握ったのを私は見逃さなかった
「可愛いね、二人とも」
「あっ、ありがとうございます…」
「あぁーあ、えりにこんな可愛い知り合い居たんなら早く紹介してよー」
ブルンブルンとえりかちゃんの手を振り回して満面の笑顔を作るその人を見て
私は、全てが分かってしまった
「あー、ごめん…」
「別に良いけどさー、って言うかそろそろ映画始まる」
「本当だ…じゃあね、愛理」
「うん、また」
コンビニを出て行くえりかちゃんたちを見て
私は心にぽっかり大きな穴が空いた気がした
「愛理、私たちも行こう」
「うん、行こうか…」
終わってしまったんだ、そう思う
夏が始まる前にあなたはやって来て、また去って行く
それでも明るい世界にはしっかりと夏の気配が迫っていた