「愛理、梅田に行くよ」
「…はいっ?」
先輩はやっぱり突然だ
それには気付いていたけど、そう簡単に慣れない
慣れたと思っても、結構ビクッとする
「梅田って何ですか?」
「駅向こうのお好み屋」
先輩は携帯をいじりながら、あんまり楽しそうじゃない表情をしている
何かあったんだろうか?
「何か嫌な予感するのよ」
「予感?」
「吉澤さんの方から梅田に来いってメールが来てさ…」
吉澤さんって、件の吉澤さんだろうか?多分そうだろう
話をするなら丁度良いのに、先輩は乗り気じゃないみたい
部活後、僕は先輩と梅田に来た
「チッス」
「いらっしゃい、みや」
「吉澤さんは?」
「奥に居るよ、待ってたみたいだから早く行きな」
ずんずん進んでいく先輩に僕はついて行くしか出来ない
とりあえず、先輩と話していた店員さんに会釈をして先輩を追い掛けた
先輩の目の前には明るめの茶色の髪の毛の、顔が凄く整った人が居る
この人が吉澤さんだろうか?
「で、ベースやる気になった?」
「あっ、その事で…」
「雅がやる気なら、俺は応援する」
いつもはガンガン進んでいく先輩が、珍しく大人しい
この人の事が苦手なんだろうか?
「その〜、俺じゃなきゃダメですか?」
「まぁ、はっきり言うとギターより向いてる」
「…」
あれっ?先輩がベース?
えっ、どういう事なんだろう…
「明日…明日、結論出すんで、待って下さい…」
「絶対、明日な…しっかり、考えろよ」
「はい」
「もっかい言うけど、お前才能あるんだからな…」
* * * * *
先輩と梅田を出た
先輩から話し出すまで、僕は何も聞けなかったし、聞かなかった
「愛理さぁー」
「はい」
「バンドしたいの?」
「はい」
先輩の質問は意図が見えてこない
でも、僕は一生懸命考えて答える
「俺もさ、バンドがしたいワケよ」
「分かります」
「だから、正直ギターに拘ってたら進めないのも分かるのよ」
先輩は意外と深く考えている
勢いとか、憧れだけじゃないみたいだ
「ギター人口は他より多いし、探すの簡単なんだよね」
「…」
「でも、愛理は未経験だからって押し付けようとしてた」
先輩が僕を見て、ゆっくりと言った
「愛理がしたいのは、バンド?ベース?」
「バンドです…」
僕は正直な気持ちを話そうと思った
先輩のギターを弾いてる姿を見て、バンドをしたくなったって
だから本当はギターもちょっとやってみたいって
「じゃあさ、俺頑張るわ」
「えっ?」
「俺ベース、愛理ギター」
先輩はそれを告げたきり、続きを言わなかった
「先輩はそれでいいんですか?」
「うん」
「僕の事は気にしなくていいんですよ」
「愛理の事じゃなくて、本気でバンドの事考えてる」
先輩は強い視線で前を見据えて居た
僕には見えていないものも、先輩には見えてるのかもしれないって思った
* * * * *
次の日、先輩は吉澤さんと嗣永さんにベースやっちゃいます宣言書を提出していた
吉澤さんはやっぱりって言って、直ぐに帰っていった
「みーやんのベース久しぶりだね」
「うん」
「先輩ベース出来るんですか?」
「うん」
まだ少し未練がありそうな表情だったけど、先輩は辛そうではなかった
「愛理」
「はい」
「これ貸すから、使え」
そう言って渡されたギター
この前先輩が使っていたのじゃなくて、初めて見るやつだった
やっぱり先輩は自分のギターにまだ夢があるのかもしれない
でも、先輩は全然そんな素振りをしなかった
「とりあえず、愛理が弾ける様になる事が課題。バンドはその後!!」
こうして僕の特訓は始まった
まだ全然、先輩みたいには弾けなくて
でも、少しだけヒーローになれた様な気がして
僕は嬉しくて仕方なかった