それは最初の出会い

それは僕にとっては全て初めてで

一瞬とか刹那とか、そんな単語が似合う様な、そんな経験だった


* * * * *


僕はどこにでも居る様な普通の中学生で

ただ、家がちょっとだけ良い家で、少し窮屈に感じる様な育て方をされていた


でも、それに嫌気がさしたり、不満だったりは


…無かったんだと思う、彼に出会うまでは


* * * * *


僕の部活は吹奏楽部

この中学では一番人気のある部活だった

ただ、男子部員はそう多くなかった

何人か居る男子も先輩で、僕の学年では僕一人と言う状況だった

でも、僕は女子とも気兼ね無く話せる方で苦は無かった

…逆に先輩たちの方が恐かったりもした


吹奏楽部の活動場所はLL教室って言う視聴覚系の大きな教室

放課後はまず音楽室に荷物を置いて、楽器を持ってLL教室に移動する事から始まる


その日は珍しく部活が早く終わった日で

LL教室の鍵を閉めて、荷物を取りに音楽室に行った時も外はまだ明るかった

机の上には僕のも含めて何人かの荷物があるだけで、いつもと変わりない、そんな風に思っていた


* * * * *


荷物を取ろう、そうした時だった


机の上にあった1枚のCD

特に興味があったワケじゃないのに、何故だか手に取って見ていた


* * * * *


「れーっす…って、鈴木くんだけか」

「うわっ…あっ、あぁ、お疲れ様です」


どれくらいか分からない

だけど、随分と僕はそのCDを眺めていたと思う


そんな僕を現実に連れ戻した声

それが、夏焼先輩の声だった


「鈴木くん、興味あんの?」


夏焼先輩は僕の手からCDをヒョイと取り上げて、これ俺の、なんて言いながらバッグに片付けながら聞いてきた


正直な話、夏焼先輩の噂はあまり良くない

ただ、部活にはちゃんと来ているし、練習だって真面目で

僕は噂を鵜呑みに出来ないと思いつつも、少し敬遠していた


…だから、あんまり話をしたくない


「いや、誰のかなぁ〜って思って」

「聴く?」

「いや、結構です」


きっぱり断った

だから、その後の反応が恐くて

僕は荷物を持つと逃げる様に挨拶をした


「お疲れ様でした!!」

「えっ、ちょっ、オーイ…行っちゃった」


多分、この時から僕の人生は新しい進路へ向けて、舵を取り初めていたんだ


* * * * *


余計な事はしない方が良い

それは僕の信念だった


余計な事はし過ぎる方が良い

それは彼の信念だった


* * * * *


学級委員なんかもしている僕は休み時間だって、校舎中を右往左往

今だって職員室から帰る途中だ


職員室は下駄箱の隣にあって、下駄箱からは体育館に繋がる渡り廊下が伸びている

だから扉は余程強い雨が降らない限り開けっ放しにしてある


だから、聞こえてきた、体育館の裏から

ギターの音

それは僕には上手いか、下手かは判断出来なかったけど

だけど、凄く楽しそうな音だった


誘われる様に、浚われる様に

僕は体育館の方へ歩いていた


* * * * *


「夏焼先輩…」

「おっ、鈴木くんじゃん、何してんの?」

「それ、僕の台詞ですよ…」


そこに居たギター弾きは夏焼先輩だった

胡座をかいて、体育館の壁に寄り掛かって

くわえ煙草をしてないだけで完璧に不良な雰囲気


「見て分かるじゃん、ギターですよ、ギター」

「いや、そうじゃなくて…」


妙に良い発音でギターと嬉しそうに説明する先輩を見て、僕は少し胸がキュッと苦しくなった


「鈴木くんにも居るっしょ?ヒーロー」

「ヒーローですか?」

「そうよ、ヒーロー」


何を言ってるんだ、この人

突飛な事を言うな、そう思って先輩を見たら、真剣な顔をしていた


「いや、この年になってまだヒーローなんて…」

「俺のヒーローはね、ギター弾きなのよ」


僕は何だか負けた気がして、悔しくて仕方なかった

夏焼先輩は僕の何倍も真剣に生きている


* * * * *


「で、鈴木くんには居ないの?」


何故か僕の隣には夏焼先輩が居る

部活の終わった帰り道、いつもなら一人だ


「何がですか?」

「ヒーロー」

「またですか?」

「いや、ヒーローじゃなくても好きなバンドとか」


僕は面倒くさそうに対応する

でも、本当は違う、答える事が出来ないだけなんだ


そう考えると涙が出てきた


「ちょっ、泣いてんの?大丈夫?」


* * * * *


「落ち着いた?」

「…はい、すみません」

「いいよ、困らせたの俺でしょ?」


帰り道の途中にある小さな公園

ベンチに座って、手には缶コーヒー


「違います、ただ…」


僕は不思議なくらいスラスラと喋っていた

家の事、自分の事…


それを聞いたら、夏焼先輩はどう思うんだろうか?皆みたいに僕をチヤホヤするんだろうか?異物として扱うんだろうか?


* * * * *


「ほぉ〜、鈴木くんってお坊っちゃんだったのか」

「お坊っちゃんって…」

「まぁ、正直そんなん知らん!!」


夏焼先輩は何が面白いのかニヤニヤとしている

…元からこういう顔付きなんだろうか?


「知らんって…」

「だけど、それだけで本当に良いモノを知らないなんて、勿体無い」


親に厳しく育てられた僕は、所謂“流行り”についていけない

多分、それは“流行り”だけじゃなくて、皆が自ら知っていくモノも知らないんだろう


「僕、それに不満なんて無いんですよ」

「嘘言うな」

「嘘じゃないですよ」

「じゃあ何で泣いた」


月を後ろに従えて立つ夏焼先輩は、凄く大きく見えた

そして、ニヤニヤとした笑いが、少し好かした格好良い笑い方に変わっていた


* * * * *


家に帰って、僕はずっと部屋に籠っていた

帰りに夏焼先輩が貸してくれたCDを何度も聴いていた


ワクワクした

こういうの初めてだから

どうしてだろう、そんな事関係ないくらいに僕は興奮していたんだ


「ヒーロー…」


CDのケースを手にもって、イアーフォンをあてたまま、僕は呟いた


今の僕ならこう答える事ができるかも知れない


「夏焼先輩、ヒーロー、先輩…」


* * * * *