背中

ピンポーンと屋敷のベルが鳴る

それが聞こえると寝ていようと、他の事をしていようと

愛理は出来る限りのスピードで玄関まで行く


「はぁーい」

「お荷物、お持ちしました」


ドアを開け、見えるのは見慣れた制服に帽子

だけど、いつもと違うのはあの笑顔ではない事

少し、否、結構かなり残念な気持ちになる


「サイン、お願いします」

「…あのぉ」

「はい、何でしょうか?」

「いつもの、その…」


愛理は恐る恐る目の前の青年に声をかける

青年は愛理が次の言葉を言う前に、口を開く


「みやは頑張り過ぎて風邪引いちゃいました」

「えっ、大丈夫なんですか?」

「えぇ、微熱程度ですよ…酷くならない様に今日は大事をとらせています」


広く包み込む様に笑う青年に愛理はホッとするが、話の内容に心が落ち着かない

愛理は自分が雅に無理をさせてしまったのではないかと落ち込んでしまう

それを見てフッと青年が笑った

愛理は不快に眉を顰め、口を尖らせる


「いや、失敬…僕は一応みやの同僚です」

「…はい」

「小さなものから大きなもの、何でもお運び致しますよ?」


愛理は少し考えた後、慌てた様に辺りを見渡す

アレはどこにあっただろうか?料金はいくらだろうか?

いろいろ考える事があるが、先ず言わなければならない一言があった


「あの10分だけで待ってもらえませんか?」

「元払いですか、着払いですか?」

「元払いで!!」


愛理はそう言った瞬間には階段を上り始めていた


* * * * *


「えっと…うわぁ、何を書こう」


愛理は手にペンを持ち、淡い黄緑色の便せんの前で頭を抱える

言いたい事は山ほどあるのに、言葉にできるのは少ない

それも『大丈夫ですか?』とか『心配です』とか

月並みの言葉しか出てこない自分が情けなくなる


そして、雅はどんな気持ちで毎回手紙を書いているんだろう?と

週に何回かくれる手紙は言葉は少なめではあるけれど、いろいろな事を伝えてくれる


愛理は便せんの上をグジャグジャとペンで書き

気分一新、もう一度便せんを取り出し、「良しっ」と気合いを入れた


* * * * *


「すみません、お待たせして」

「いえ、仕事ですから」

「これをその…」

「分かりました」


青年は愛理の手から封筒を受け取り、一度それを顔の高さにまで上げて念を押す

愛理は慌てて財布を取り出すが、青年がそれを制した


「僕、今日はここが最後の配達なんであとは家に帰るだけです」

「はい…」

「これ以上仕事は増やしたくないし、それに…」


少し格好付けて青年は笑うが愛理は青年の意図が読み取れず首を傾げる

そんな愛理にまたフッと笑い、鼻の下を擦る様な仕種をした


「みやの家は僕の家の隣なんで、ポストに入れておきますよ」

「えっ…」

「今回だけ、サービスです」


その言葉に目を大きく見開いた愛理は深く深く頭を下げた


* * * * *


「みや」

「あっ、まぁさん…」

「もう大丈夫?」

「うん、て言うか今日も働けたし」


雅は拗ねた様な口ぶりで話す

確かに昨日は熱もあったし、咳も出ていたがそれは少し疲れていたからだった

それなのに上司が大げさに休みをとれなんて言うものだから、

逆らえず仕方なく休みを取る事になった


「有休減っちゃった…いつか連休とって旅行しようと思ってたのに」

「仕方ないよ、みやが酷い病気になると会社的に痛手だからね」

「まぁさんの方が優秀じゃん」


茉麻がおだてる様に雅を褒めるが、雅は簡単に喜ばない

全く幼いなぁと茉麻は雅と話す度に思う

容姿からは想像が出来ない程雅は純粋で子どもっぽい

しかし、そんなだからこそ雅は人望があるのだろうと茉麻は考えている


「みや、そんな拗ねてるならお土産あげないよ」

「…嫌だ、欲しい!!」

「嘘だって、はいコレ」


茉麻が雅の手にパシンと乗せたのは先ほど愛理から預かった封筒

雅はそれを透かしてみたり、匂ってみたり

その封筒をどこか怪しがっている


「開けなよ、変なものじゃないから」

「うん…」


さっきまでの威勢の良さがどこへ行ってしまったのか

雅は恐る恐る封筒から便せんを取り出した


「あっ、これ…!!」

「ちゃんと渡したからね…明日も休みなんでしょ、旅行にでも行けば、丘の上とか」


茉麻がそう言って雅の家から出て行こうとした時には

雅は手紙に読み入っていて、聞こえていないようだった


* * * * *


『雅さんへ

 お体大丈夫ですか?凄く心配です。

 早く良くなって貰いたいと思うのですが

 無理はしないで欲しいです。

 また、会って話したいです。

 愛理』


便せんの中央部にほんの数行書かれたメッセージ

それは愛理が雅へ宛てた最初の手紙

雅はそれを丁寧に封筒へしまうと、クローゼットの前へ走った

シャツを何枚かと、ズボンを何着か取り出す


「こんな服で大丈夫かな…?」


この前愛理に会いに行った時のは仕事終わり

丘の上へ行くのを最後にして、そのまま愛理の家に招待された

だから、仕事着のままで入ったのだが、あまりの場違いな感じに失敗したと思った

それも踏まえて、正装で行こうと思うのだが、どんな格好をしたら良いのか分からない


「一番綺麗なのはこれかな…」


雅は服をあてがい、鏡を見る

納得が行く様なものではなかったが、仕事着よりかはマシに思える


「これで行くか…」


少し苦い顔ではあったが、雅は何か決心したような表情で鏡の中の自分を見つめた


* * * * *


「すみませーん、あのっ愛理さん居ますか?」


雅はいつもの挨拶とは違う挨拶をする

荷物を届けに来たのではなく、愛理に会う事が一番の目的で

屋敷の前に着くまでは緊張していたが、今は何故かそうでもない

どちらかと言うと、今はワクワクしている


「はぁーい」

「…どうも、手紙ありがとう」

「何で…?」


愛理は驚きを隠せない表情で雅を見る

そして、上から下まで見ると更に驚いたのか目を丸まると見開いた

それに気が付いたのか雅は照れくさそうに笑う


「今日、休みだから…」

「でも、風邪って」

「あぁ…ただの微熱で、ピンピンしてるのに周りが大騒ぎでさ」


ブラブラと落ち着かない様子で雅はそう言う

初めて見る様な雅のそんな姿に嬉しくて微笑む

雅もそれに気が付いて、ヘヘへと笑う


「あっ、中に入って下さい」

「いや、手紙のお礼言いに来ただけだから…」

「そうですか…」


二人は目を合わせたまま黙り込んでしまい、ただ時間だけが過ぎて行く

雅は何か言わなければと色々考えを巡らせるが、何も思い浮かばない

そんな雅に愛理から声をかけた


「おしゃれ、なんですね…」

「えっ?」

「そういう格好してるの初めて見ました」


雅は自分の格好を見直す

クローゼットに入っていた服を適当に合わせて来ただけだったが

愛理が褒めてくれた

それが例え社交辞令だとしても、雅はそれが凄く嬉しかった


「ありがとう、嬉しいよ」

「本当に素敵です」

「そっか…じゃあ今度はもっと気合い入れて来ようかな」

「はい、また来て下さい…絶対に来て下さい」


フニャっとしているのに、意志のはっきりと籠った声で愛理はそう言った

雅はそれに少しドキリとするが、愛理を心配させまいと「うん」と力強く頷いた


「それじゃ…」

「はい、また…」

「手紙、本当に嬉しかったよ」


雅はそう言うとくるりと体を回して、愛理に背中を向ける

立ち止まってしまわぬ様に、全力で走り出す

愛理は一瞬そんな雅を見て寂しそうな表情をしたが、さっきの約束を思い出す

力強く頷いた雅が嘘を吐いたとは到底思えない

だから、愛理は去って行く雅の背中を見ながら寂しい顔をするのは止めようと思った


「待ってます、ずーっと…」


もう遠くに行ってしまい、小さくなった雅の背中にそう呟いた

それは小さな声ではあったが、愛理は真っ直ぐとした気持ちだった


愛理も扉を閉め、屋敷の中へ戻って行く

その足取りはいつか起こる楽しい事を期待しているのか

それはとても軽やかで、まるで宙を歩く様なものだった