夢現

ギュッと抱きしめられた背中から伝わる熱は

幻なんかじゃなくて、本物


 

夢現


 

私の中で恋って言うのは漫画の中の出来事で

それは例えば幼馴染同士だったり、同じクラスの人だったり

ごく普通の生活の中で運命的な出会いや、

有り得ない様な問題を乗り越えて二人が硬く結ばれる

そんな感じのモノだった


その定義で行くと今、私の身に降り掛かっている事は

正に、恋としか言いようが無い


「えっと、もう一回良いですか?」

「だから、付き合って欲しいんだけど」

「お決まりですけど、聞いて良いですか?」

「何でもどうぞー」

「どこにですか?」


私の目の前にはこの学校の物じゃない制服を着た人が机に座っている

この春晴れて近くの進学校に入学した有原先輩


私の美術部の先輩で、在学中はかなり優しくしてくれた

背はそんなに高くないけど、スタイルが良いからそこまで小さく見えなくて

クリッとした瞳が印象的

それにかなり優しくて、部活の時も凄く人気だった


そんな先輩が放課後いきなり美術室を訪ねて来た

卒業して初めてやって来たから、制服を見せにでも来たのかな?って思っていたら全くの見当違いだった


「どこに…?出来るなら休みの日は行くとこ全部に一緒に来て欲しいかな」

「えっと、私じゃなきゃダメですかね?」

「うん、鈴木さんが良いなぁー」


ブレザーのボタンを締めないで、首から垂れた赤いタイがやけに目につく

それは先輩が足をブラブラさせるのにシンクロして、微かに揺れる


私はどう答えて良いか分からない

頭の中にはいくつかの疑問が浮かんでいる

“何で私なんだろう?”とか“何で今告白されてるんだろう?”とか

当たり前の様な疑問が生まれている


「それって、やっぱりあの…そう言う事ですよね?」

「あー、うん…そうそう、所謂男女のお付き合い」


有原先輩はどうも感情が読みにくい表情をしている

わざわざ中学校に出歩いてまで、冗談を言う様な人では無いと思うけど

どうも軽い雰囲気が有原先輩にはあるんだよなーと思う


「何で、今まで言わなかったんですか?」

「どう言う意味?」

「わざわざ卒業してからじゃなくても…って思うんです」


私は思った事を頑張って先輩に伝える

告白されてる身だけど、少し上から目線になってしまうのが

自分の事なんだけど、嫌だなって思う


「離れたから気付く事ってあるじゃん」

「…」

「あー、鈴木さんが居ない放課後ってつまんないなーって思う様になって」

「…」

「鈴木さん何してるかなー?とか気になって来て、好きだったんだーって気付いた訳ですよ」


有原先輩はニッコリ笑って、照れた様に頭を掻く

これは私の事なのに「有原先輩に好かれる人って幸せ者だなー」とか思っちゃって

私もいつの間にか笑っていた


「だからさ、早く伝えなきゃーって思って今日来た」

「はぁ…」

「今日の授業中気付いたからさ、マッハのスピードだよ」

「ありがとうございます」


正直言って恋なんて経験した事が無いから

今、私が有原先輩に対する気持ちがどんな物かなんて分からない

それでも、凄く嬉しくて、嬉しくて仕方が無いのは分かってる

それだけはちゃんと有原先輩に伝えなきゃなーって思ってる


「あの、嬉しいです本当に」

「おー」

「でも、付き合うとかまだよく分からないし」

「うん…分かった」


有原先輩は私の一言一言にちゃんと反応してくれる

そういう小さな態度も私を嬉しくさせる

あぁ、この人本当に私の事好きなんだって思って良いんだ

自惚れじゃなくて、そう感じる


「先輩が私の事好きって言うのは分かりました」

「良かった」

「だから、あと少しだけ待ってて下さい…私もちゃんと先輩の事好きになりたいんで」

「うん、待つよいつまでも」


先輩はそう言ってまた笑った

私は多分、そう長くないうちにこの人の事を好きになるだろうなって

この人に凄く幸せにしてもらうんだろうなって

ただ、漠然となんだけど

そんな未来の私の姿が見えた様な気がした