「あっつー…」
そう呟くほど気温は高く感じるのに、見上げた空はそんな事を思わせない様な、はっきりしない空模様
それが更に憂鬱な気持ちにさせると言うか、何と言うか…
そう言えば、あれから一回も雨は降っていない
あれから一回もあの子に会っていない
小雨降る
「みやー、そっち行ったよー…」
「えっ、あー…」
曇り空と降って来る白球のはっきりしない境目
それが妙に焼き付いていて、ウチは目を閉じた
* * * * *
「起きた?」
「あー、はい」
「よく寝たねー」
保健室のベッドの上でウチは案外冷静に自分の置かれた状況を見つめている
体育の授業でグラウンドに出て皆でソフトボール(に近い遊び)をしていた
そんなに得意じゃないウチは外野に居てと言われて、打席から一番離れた所でポケーッとしていた
気付いたらウチは運が悪い事に落球が頭に直撃しそうになる
それ自体はそうでも無かったんだけど、それに驚いた拍子に転けて頭を地面に打つけてしまった
皆が心配してくれてそれからはずーっと保健室で休んでいた
雨が降りそうで降らない空を眺めて、あの子を思い出していた
頼り無さげな表情だけど、綺麗で可愛くて
後日、会った時にはとびきりの笑顔を見せてくれた彼女
名前も知らない彼女にあれ以来会っていないけど、どうも気になっている
ウチがそんなどうでも良い様な事を考えていると保健室の先生がカーテンを開けて窓を開ける
先生は浮かない声でボソリと呟く
「雨、降って来ちゃった…」
「ホントですか?」
「うん…降るって言ってたからねー」
ウチも先生の隣に立ち一緒に外を眺める
まだ小雨ではあったけど、確実に雨が降っていた
傘が無いって思ったのに、どこか嬉しくて仕方なかった
多分、どこかであの子に会えそうな気がしていたんだと思う
そんなウチの様子に先生は気付いて、フフフと笑う
ウチはそれに気付かない振りをして、ソファーに座った
「嬉しそうね」
「ですかね?」
「うん、何かを期待してるような感じ」
ウチの心を見透かされた感じであまり良い気はしないのに
実際、そうだから無碍にも出来ずに居た
「ウチ、良い事起こるのが雨の日なんです」
「へぇー、大体の人が雨を疎むのにねぇ」
「前までそうだったんですけど、この頃変わりました」
ウチがそれだけ言うと先生はまた笑った
『認めてしまえば楽なのに』
そう言われているみたいで釈然としない
だって、ウチはあの子の名前も知らない
ただ、出会って
一瞬の時を共にして
その後、少し言葉を交わした
それだけで何が変わるんだって気持ちがあるのが事実だ
それなのに期待しているなんて可笑しい
今度は自嘲する様にウチが笑う
そのまま、また目を閉じた
* * * * *
次に目を開けたのは保健室の扉が開いた音に気付いてだった
音の方に視線をやると、ウチは驚きを隠せなかった
会いたいと思っていた、会えると感じていたあの子が居た
「あっ…」
「あっ…あの先生は居ますか?」
「先生はぁ…さっきまで居たんだけど」
ウチは深く腰掛けていたソファーから身を起こし、保健室を見渡す
姿の見えない先生は職員室にでも行ったのだろう
「どうかしたの?」
「転けちゃって…雨で滑って…」
ウチは彼女の足下を見ると確かに豪快に転けたのか、所々擦り剥けている
だけど、何かを出来る訳じゃない
どうしようかと、ブラブラしていると彼女は保健室利用者名簿に名前を書き始める
「先輩、これですか?」
「えっ?」
彼女が名簿を持ち上げてペンで指している枠を見る
近付いて良く見ると、無駄にデコレートされた枠にウチの名前と病名が書かれている
“夏焼みやび ソフトボールがズジョーに落下☆ワラ”
と、ふざけたそれは、ちぃが書いたんだろう
彼女はそれをクスクスと笑って見ている
恥ずかしくなって、乱暴にそれを取り上げる
ハァーっとため息を吐いて、手で顔を覆う
「“みやび”って言うんですね」
「あっ、うん…」
「ピッタリ…」
彼女は何かを呟いたけど、ウチには聞こえないくらい小声だった
それから彼女はウチの手から丁寧に名簿を取って、名前を書き始める
スラスラと書かれたそれは
“菅谷梨沙子 擦り傷”
ウチのとは対照的に丁寧に書かれたそれは、その子の性格を現しているみたいで
何となく、ウチは嬉しかった
「りさこ」
「はいっ…すぎゃさこですっ!!」
ぺこりと勢い良く頭を下げた彼女
あまりの滑舌の悪さとその行動が可愛くてウチは吹き出す
そんなウチに戸惑ったのか彼女…梨沙子は目を白黒させる
「名前っ…言えてないからっ」
「えっ…」
「大丈夫、分かったから…」
笑い続けるウチに、戸惑う梨沙子
「むー…」
「でもさ、良かった」
「えっ?」
「名前、分かったから」
そう言って、ウチは窓の外を見た
雨はさっきと変わらずシトシトと降り続いている
「雨降ったら、会えるみたいだね」
「みたいですねー」
ウチに賛同するように返事をする梨沙子は出会った時と変わらない
綺麗で可愛くて…
そして、ウチは少しだけ素直に梨沙子の事が好きかもしれない
とか、思っていた