「多分、明日10時くらいから栞菜外出するから、愛理暇なら着いて行ってやってよ」
「えっ…」
「まぁ、ただ一緒にいたら良いだけだからさ」
「うん…」
* * * * *
昨日、えりかちゃんから別れ際にそう言われた
私は来ない事だって出来たけど
だけど、ちゃんと謝ってないし、それだけでもしようと思って
現在、9時50分…マンションの前で有原先輩を待っている
先輩がエントランスに見えたのはほぼきっかり10時
音楽プレイヤを片手でいじりながら、小さく欠伸をしていた
先輩が私に気付く様に出来るだけ目立つ位置に立って待つ
先輩はプレイヤをバッグに片付けて顔を上げた瞬間、口を2、3度パクパクさせた
「おはようございます…」
「…」
私が挨拶すると、先輩はいつもと変わらない、頷く感じで頭を下げた
少し乱暴な手付きでイヤフォンを抜き取って、バッグの中に手を入れてガサガサする
そして、また口をパクパクさせて、こう続けた
「…あっ、えっと…おはよう…あっ、あー驚き、ました…」
表情はそんなに変わった様に思えなかったけど、先輩は“驚いた”って言った
私はその姿が可愛いなって思った
…今日の先輩は全然嫌じゃない
「あの、一緒に行ってもいいですか?」
「……」
今度は何にも言わないで、大きくコクリと2回頷いた
* * * * *
正直、どうしようか考えていた
話かけても盛り上がりそうにはないし、ちゃんと応えてもらえる自信もない
先輩はただ気持ち良さそうに歩いている
だから、私も少しだけ後ろを距離を保ったまま歩いている
商店街を少し入った所
生花店の前で先輩は立ち止まって、「花、買うんで…」と言って、振り返った
私は頷いて、先輩が花を買ってくるまで待っていた
道路を挟んで生花店の前には小さなゲームセンター
UFOキャッチャーには流行りのキャラクターのぬいぐるみ
先輩を待つ私は、特にそれが欲しいワケではなかったけどずっとそれを見ていた
先輩が来てからはまた会話は無くて
先輩が歩く後ろを私が歩いて、着いた所は病院だった
ナースセンターに挨拶をする時も先輩は殆んど口を開かない
だけど、看護士さんや知り合いらしい患者さんから挨拶をされたら、必ずペコリと頭を下げていた
先輩が入って行った部屋は6人部屋で
窓側のベッドまで行って、カーテンを開けた先輩は私の知らない先輩だった
「おはよ〜、お母さん」
「おはよう、栞菜」
慣れた手付きでパイプ椅子を2脚出して、少し散らかったベッド周りを片付ける
私に「座ってて」と言って、先輩は花瓶の花を入れ替えに行った
突然、先輩のお母様と二人きりにさせられた私は正直困っていた
と言うか、緊張と言った方が良いのかもしれない
でも、そんなの直ぐに取り払われた
「初めまして、栞菜の母です」
「初めまして、鈴木愛理です…」
先輩のお母様は、先輩からは想像つかないくらい愛想が良かった
ゆっくりとした口調ではあったけど、話が途切れる事はなかった
「栞菜が友達連れてくるのはえりかちゃん以来」
「はぁ…」
お母様から聞く先輩の話
元からそんなに喋る方じゃないとか、一人っ子で実は甘えん坊だとか
お父様は今のマンション購入直後に海外勤務になって、今は一緒に住んでいないとか
「あの子あんなだからねー…転校して周りに溶け込む前の大事な時期に私が入院しちゃって…
少し塞ぎがちになっちゃったのよ」
「…」
「まぁ、だからって甘やかしたくないから、栞菜にはもうちょっと喋る様になってもらいたいのよね…」
お母様はとても優しい笑顔でそう言い、窓の方を見た
日の光に照らされた横顔は“母”そのものとしか言えなかった
「お花生けたよ〜」
この時、先輩の顔は凄く可愛い笑顔だった
見たことないことなんだけど、どことなく懐かしい様なそんな笑顔だった
花瓶を置き、空いてる椅子に腰かける
ベッドに寄り掛かる感じで、座る先輩は幸せそうで
先輩って実はいい人なのかなって私は思ったりした
「栞菜、今日はもう帰りなさい」
それはお母様から、突然の提案だった
「愛理ちゃんだって、こんな所に一日中居たくないでしょうし、どこか連れて行ってあげなさいよ」
「あっ、私なら大丈夫…」
「遠慮しないでね?もうっ!!ホント、うちの子がバカでごめんなさいね」
「本当に私なら大丈夫なんで」
「……分かった、明日また来るね」
「行ってらっしゃい」
「行こ、鈴木さん」
そう言って立ち上がり、手を差し伸べてくる先輩に
やっぱり嫌な感じはしなかった
* * * * *
先輩は病院を出るなり、急に足を止めた
何か考え事をしている様でもあり、何にも考えてない様でもあった
「…えっとぉ〜」
「どうかしました?」
何か言いたげに、私を見る
その少し険しい表情に、私もつられて険しくなってしまう
にらめっこみたいな状態が続く
勝負に勝ったのは私で、先輩が小さく笑って吹き出す
「プッ…あっ、すいません…あの、行きたい所に連れて行ってあげたりしたいけど、その…」
「あぁー…私なら、大丈夫ですよ、どこでも」
先輩はそうじゃないとばかりに首を横にブルブルと振る
私はどうしたのか理解出来なくて、首を傾げそれを見る
電池が切れた様に動きを止めた先輩は、深く一回呼吸をして恥ずかしそうに話始めた
「学校と病院くらいしか行ったことなくて…何がどことか分からなくて…っていうか、帰りたいよね?」
* * * * *
今度は私が先輩の前を歩いている
チラチラ振り返りながら先輩の様子を見ていると、
さっきとは違ってキラキラした表情をして、いろんな建物を覗いている
私は先輩と出掛ける選択肢を選んだ
昨日の事をただ謝って、帰る事も出来た
でも私は今、先輩と一緒に居る
この街について何にも知らない先輩を私が案内する事になった
申し訳なさそうに
「本屋とCD屋と、出来れば一番安く食材を買えるスーパーに行きたい…」
と言った先輩は、昨日までの先輩とはまるで別人だった
…と言うか、私が少しずつ先輩の表情の変化が分かる様になっている
それがえりかちゃんに協力してあげてって言われたからなのか
それとも他の理由なのかは分からない
「お昼、食べたいものありますか?」
「ん〜、何でも良いですよ」
いろんなお店を巡った
先輩はどこでも楽しそうにしていた
りーちゃんが言ってた噂の“ウギャー”って叫ぶ所も見れた
私たちは昨日までが無くて、もうずっと仲が良い友達みたいにはしゃいだ
「じゃあ、駅の近くのパン屋さんでサンドウィッチ買って、公園で食べませんか?」
先輩はニコッと笑って頷いた
私もそれを見て笑顔で頷き返した
まだ何も知らないけど
全部分かっていける様な、そんな気がした
先輩はサンドウィッチのセットを1つだけと、パックのジュースを買っていた
私はそれに加えてミルクの入った小さなパンを2つ買った
それを見て先輩はまた驚いた様な表情をして、私の頭からつま先までをサーッと見て、一人納得した様に頷いていた
「このベンチにしましょうか」
「うん」
公園の端っこ、一番陽の当たるベンチ
そこは私が小さい頃からのお気に入りの場所で、りーちゃんやみや、えりかちゃんとも何度も来たことがある場所だった
「食べよっか」
「はい」
先輩を連れてきたのは何でだろう?
りーちゃんたちみたいな関係になりたいから?
その前に何かすることあるような…
「美味しいです、これ」
「でしょ?私、好きなんです」
「これお気に入りになりそうです」
でも、そんなこと気にしているのは私の方だけみたいで
先輩はさっきから目を細めて、気持ち良さそうな表情を崩さない
何か猫みたいで、可愛いなって思った
* * * * *
全部食べ終わって、私たちはずっと日光浴をしてるみたいな状態
…話すなら、今しかない
「先輩、あの…」
「あっ、時間ですか?」
「そうじゃなくて、その…昨日はごめんなさい!!」
私は頭を思い切り下げて、先輩に謝った
出来るだけ頭をあげないで、目だけを先輩の方に向ける
先輩は何だか凄く困った様な表情で、口を開いた
「えっと…鈴木さんは悪くないよ」
「でも、私がちゃんと確認したら…」
私はガバッと頭を上げて、先輩を見る
先輩は少しビクッとして、手と首を一緒にブンブンと振る
「えっと…何て言えば良いか分からないけど…私がこんなだから、鈴木さんがフツーです。
感じ悪いなぁって思うだろうし、良いイメージなんて持てないと思う」
…確かに、そうだ
でも、それは私がちゃんと先輩を知ろうとしなかったのも悪いと思う
第一印象だけで全部決めてしまった私も悪いと思う
「そういうの分かってる癖に、私が直さないから…だから、鈴木さんは気にしなくて良いですよ」
先輩は笑った
だけどそれは少し悲しそうだった
私はそれが凄く嫌だった
どうしてか分からないけど、凄く嫌だった
「でも、私が悪いです…先輩の事ちゃんと知らないのに勝手に先輩の人柄決め付けたの私だし…」
「…鈴木さんは凄いねー」
「はいっ?」
先輩は真っ直ぐに前を見据えながらそう言った
どんな事を思ってそんな事を言ったのか全く読めない
「そうやって自分の事見れるのって大人だなぁーって…」
「でも…大人だったら、先輩と最初から向き合えてますよ…」
そうだ…
私、今日先輩と一緒に居て、分かった
先輩の事が案外好きで、それがかなり好きの指数が高いみたいで
ちゃんと、もっと、向き合いたいって思ってるんだ、私…
「ちゃんと、向き合えてると思う」
「へっ?」
「こんなにおしゃべりしたの鈴木さんが初めてだよ…」
先輩は何だか照れ臭そうに笑って私を見た
私はそれが嬉しくて仕方なかった
「それにこれからもまだ知れる事があるって考えたら、ワクワクするよ」
「そう…ですね」
「うん」
………
……
…
ポロッとフォークから黄桃が机の上に落ちる
あっ、また思い出の世界に浸かってた…
「愛理だいじょぶ?」
「うん、大丈夫」
「布巾いる?」
「大丈夫」
みやってこうやっていつも優しい
みやは甘えたいって言うけど、頼りにされてる姿しか思い浮かばない
「そういや、栞菜高校どこにすんの?」
「うーん…えりかちゃんと一緒の所」
「あっ、じゃあ舞美ちゃんとも一緒だよ」
みやが布巾を片付けながら栞菜と話す
さっきの店員さんが“呼んだー”と言いながら出てくる
「何か栞菜が舞美ちゃんの高校受けるって話」
「へぇー、じゃあ今中3なんだ?」
「はい…」
栞菜はいきなり二人の会話に連れ込まれて、ちょっと困り顔
だいぶ人見知りしなくなったと思うけど、やっぱり栞菜は栞菜だなぁ…
「そうだみや!!りーちゃんはみやのとこに行きたいってよ」
「はぁ〜?てかアイツまだ受験しないじゃん」
「今から頑張って絶対受かるんだって」
「…」
みやは少し複雑な表情をして笑った
嬉しいんだろうけど、素直に喜べない
そんな感じの笑い方だった
「みや、りーちゃんはね…」
「分かってる…でも、アイツにはアイツの事を自分で決めてもらいたいから」
「そっか…」
少し沈黙が流れた
栞菜が私をチョンと叩いて、優しく笑う
私もそれに答える様に笑う
大丈夫だよ、ちゃんと分かってる、私もみやも…
「あのね、みや」
「うん?」
「まだまだ見た事ない事だって沢山あるから、だから…」
私はみやにもっとりーちゃんを見てもらいたい
みやの為、自分の為に頑張ってるりーちゃんの姿を
「愛理…ありがと、ウチ頑張るよ」
「うん」
みやも少しずつで良いから、素直になってもらいたいなぁって思う
私はりーちゃんもみやも大好きだから
「愛理ちゃんだっけ」
「はい」
舞美と呼ばれたその人が話しかけてくる
凄く優しくて、大人な口調で
「ありがとう」
「えっ?」
「難しいけど、誰かに応援されると嬉しいんだよ」
何故か舞美ちゃんにお礼を言われた
それはよく理由が分からなかったけれど、栞菜も隣で笑っていたから私は嬉しかった
「愛理、もう行こう」
「うん、じゃあねみやまた今度」
「うん、愛理ありがとね」
少しずつだけれど、色んな事を経験して
そして今日を積み重ねる
明日になれば今日だって昨日だけど
そういう事を私は、私たちは大事にして生きて行く