美味しいケーキはどうですか? 6

夏休みが明けて、あの一件以来、何か変わると思っていた環境はあまり変わっていない


相変わらず、えりかちゃんは矢島舞美を“矢島さん”と呼んで

矢島舞美はえりかちゃんを“梅田さん”と呼んでいる


だけど、矢島舞美…フルネームは長いから舞美ちゃんにしておこう

舞美ちゃんがバイトの時はえりかちゃんが自転車に乗せて来ているみたいだ

そして、ジュースだけ頼んで、閉店間際まで居座っている迷惑行為をしている


あと、舞美ちゃんが思いの外、天然さんな事も徐々に出てきている


紅茶と間違えてコーヒーにレモンを搾られた、あのサラリーマンは以来コーヒーを頼まなくなった


一番変わってないのは私とみやの関係だと言い切れる


私は暇さえあればVientoに行くし、その度にみやにお小言を言われる

みやが相手をしてくれないと久住さんと光井さんが構ってくれて、新垣さんに怒られる

そして、久住さんと二人でみやが悪いと文句を言って、それでも相手にされない


そんな日常に変わりはない

…ないはずなのに、みやは時々あの笑顔をする

前より頻繁に、あの笑顔をする


私はあの笑顔が嫌いだ

だって、私の知らないみやみたいだから


それに、あれを見ると一瞬全てが停止する

呼吸も、心臓も、瞬きも、思考も…

嫌いな癖に見るとドキドキしている自分がいるのを知ってしまった

それがもどかしくて嫌になる


* * * * *


「へぇ〜」

「ちょっと、私真剣なんだよ」

「分かってるって」

「て言うか、何してるの?」


昼休み、教室の窓側の愛理の席

私はその前の席を借りて、相談していた


愛理の机の上には紺色の毛糸が乗っていて、愛理は慣れた手付きで編んでいる


「マフラー、編んでるの」

「有原先輩に?」

「うん…」


愛理は少し照れ臭そうにはにかんだ

去年の今頃は有原先輩なんて嫌だ!!とか言っていたのに…


「へぇ〜…って違う、愛理と先輩は良いの!!私のことだ!!この頃よく分からないんだよね」

「…みやの事?それとも自分自身の事?」

「…う〜」

「そこからか…」


容姿は私の方が大人っぽいって言われるけど、こういう事に関しては愛理の方が大人っぽいと思う


「多分だよ、りーちゃんは恋をしたんだよ…」

「はぁ?」


でも、やっぱり乙女チックな所もある

そういう所も好きで、親友になれたんだと思う


「知ってると思うけど、私前から…」

「みやの事好きなんでしょ?」

「うん…」

「だけどね、また好きになったんだよ」


愛理の言った事が理解出来なくて、私は少しポカンとしてしまった


「まぁ、そのうち分かるよ…」

「そうかなぁ〜?」


* * * * *


「いらっしゃい…って、わ〜愛理久しぶりじゃん!!」

「何か甘いの食べたくて来ちゃった」


りーちゃんから相談を受けた週の土曜日、私は栞菜と二人でVientoに来ていた


一回だけ、みやが家出をしたってりーちゃんから聞いた時に来た事があった


「何があるかな?」

「今日はね、フルーツタルトと、チョコレートムースとかあるよ」

「じゃあ、それを一個ずつ下さい」

「はぁ〜い」


みやは結構手際が良くて

栞菜は一言も喋らないまま店の中を見回しているだけ


「カウンターに座ろ?」

「あっ、うん…」


私たちが席に座る頃に黒髪が綺麗な店員さんがグラスを運んできてくれた


「あっ…」

「えっ?」

「梅田さんの後輩だよね?」


何故だか私たちの事、知ってるみたいで

あっ、梅田さんってえりかちゃんだよね?友達なのかな?


「えりかちゃんの友達ですか?」

「うん…まぁ、友達かなぁ」


知り合いの知り合いって関係だから、話も弾むワケがなくって

少々気まずいなぁって思い始めた時に、みやがケーキを持ってきてくれた

助かったなと思いながらフォークを手に取った


栞菜と二人でケーキを分け合って食べる

両方甘くて美味しい


「みや、美味しいよぉ〜」

「本当?今日は亀井さんとウチで作ったんだよ」


みやは凄く嬉しそうに笑った


(あっ…)


私はそれを見て、少しだけりーちゃんの気持ちが分かった気がした


* * * * *


私がみやと知り合ったのは小学校の時

みやは凄く大人っぽい容姿なのに、随分幼い性格というか行動が多かった


私も多分りーちゃんもみやの事を年上のお姉さんって思うよりも

仲の良い親友みたいに感じていたんだと思う


次第に離れている時間も多くなっていって

それでも会えば変わらない感じで笑い合ったりして

だから、何も変わらない、変わってないって、どこかで思ってたんだ


でも、実際は私の身長だってみやに追い付いて、みやはバイトを初めて

少しずつだけど色んな事が変わって行ってるんだ


当然、みやは大人になる

話し方だって、行動だって、何もかもが変わって行く…

それは私だって、りーちゃんだって同じなんだけど


みやはその大人になる途中に居るんだ

そんな雰囲気を醸し出す様な不安定な笑顔をみやはする


正直、昔からのみやを知ってる人を驚かせるには十分な要因だと私は思った

しかも、ずっとみやを見続けて来たりーちゃんなら…


* * * * *


「てかさ、相変わらず栞菜は喋らないねぇ〜」


私が少し思考を巡らせていると、手が空いたみやが話しかけてきた


「ングッ…喋りますよぉ〜」

「あっ、もう落ち着いて…」


それに驚いた栞菜は食べていたタルトを詰まらせて、噎せる


「栞菜大丈夫?」

「うん大丈夫、愛理…て言うか先輩、私ちゃんと喋りますよ」

「知ってるって」


栞菜は少しだけ不機嫌になりながら、そう言った

ちょっとムキになる栞菜が珍しくて、私はそれに笑ってしまった

みやだって笑ってる、確かに笑っていた


だから小声で呟かれたみやの言葉は全く聞こえていなかった


「愛理と栞菜の関係って、何かすっごく良いよねぇ…」