雨も私も

雨の中で傘も差さず、踊る様な足取りの君

まるで雨粒は、君の為にこそ降り落ちる



『雨も私も』



「あれ、梅田さんは?」

「さっき帰ったよ」

「えーっ、またサボり?」


放課後の教室

机を後ろに寄せて、掃除に取りかかる皆

掃除当番ではないけれど、借りたノートを写して帰ろうと思っていた私は教室に残っていた


窓側の机を借りて、ノートを写す

意味不明な記号の羅列は、まるで通り雨の様に軽く不快感を覚える程で、

ペンは思っているよりも全然進まない


「めんどくさっ…」


ほぼ止まっていたに近い手をペンを放り投げて、完全に休ませる

そのまま右手は私の顔を支える杖になる


ノートを写すのも、皆の会話も、何もかもがめんどくさい…


そう思いながら、掃除をする皆の声をBGMに私は窓の外に目を向ける


シトシト降る雨はまるで私の心みたいに冷たいのだろうか

無表情にそう思う


本音を言わない私は毎日、心に傘を差して生きている

私自身が冷たい雨を受けない為に


「あっ…」


ちらほらと見える帰宅中の人たちの中に一人だけ、傘を差さずに歩く人

その足取りは誰よりも軽やかで、踊る様なステップ

相変わらず、雨が降っても傘を差さないのは、私の大切なあの人しか居ない


「えり、だ…」


この学校、否、この世界に一人だけ

私のありのままを受け止めてくれる存在

正に、今それを実感するには十分な状況で、狙っていたと言わんばかりに


今日もえりは傘を差していない


* * * * *


クラスで浮いた存在のえり

だけど、誰よりも寛容で、誰よりも地に足の着いた人


“ウチ、厭なヤツだから教室での矢島さん嫌いだなぁ”


確かに私は教室では『矢島舞美』と言う一人の生徒を演じていた

上手く周りに馴染んで、それなりの生活を送っているけれど

心のどこかではそれを、皆を蔑んでいた


だって、皆はそれに気付かない

こんなにも近くに、私は居るのにって思うと、涙が出そうで

それでも、私は私で居なくちゃいけなくて


だけど、えりは違った

トロンとした、全てを溶かす様な瞳で、えりは私にそう言った

私の事を何も知らない、そんな人が私の本質を見据える


私はそれを聞いた時に衝撃と嫌悪、そしてそれを凌駕するほどの安心感を感じた


えりと出会う為に、私の心に雨が降っていたんだ

私と出会う為に、えりは傘を差さないんだ


* * * * *


私は自然と鞄から携帯を取り出してメールを打つ


『そこで待ってて、私も今教室出るから』


気付くだろうか?絶対、気付くだろう

だって、えりは傘を差していないから


急いでノートを閉じて、ペンを仕舞う

鞄に出来るだけ丁寧に突っ込んで、私はわざと音を立てる様に立ち上がった


「あっ、舞美ノート終わった?」

「ごめん、用事思い出したから、明日で良い?」

「うん、急がなくて良いよ」


私はそんな会話を、教室から出る事だけを考えながらする

誰が話しているかなんて、正直分からない


「じゃあ、バイバイ」

「あっ、雨降ってるよ…傘ある?」

「いらないっ!!」


そう答えた時にはもう、全力で走る姿勢になっていた




校舎を飛び出して、瞳に飛び込んで来る風景、雨を見上げたえりの姿

酷く安心出来るその姿に、私は優しく微笑んだ


この雨は暖かい

私の心も暖かい

だから、傘は要らない

だって、えりがそう言ってるから



この雨はえりの為に降る

だから、私はえりの為に雨を降らせる