恋情

「愛理?」

「あ〜、なっきぃ…おはよー」

「おはよ、一人?」


楽屋の外、胸元で両手を合わせて、キョロキョロとしてるのは愛理

その手にはしっかりと携帯電話が握りしめられている

愛理はいつも来るのは早いんだけど、大体その隣には誰かが居る

…誰かと言っても、専ら栞菜だ


二人で寄り添い合って、笑い合って

傍目には可愛いなぁって思えるはずなのに、私はそう思えない


「栞菜がね、寝坊しちゃったから今日は先に行ってって」

「へぇ、じゃあ楽屋で待ってたら良いじゃん」

「ん〜、でも一番におはようって言いたいんだもん…」


アヒル口で、拗ねた様に言う姿は意地らしくて、私は思わず微笑んでしまう

ただ、それが“恋情”であるとバレない様に

それが“母性”とか“優しさ”でしかないと思わせなければいけない


「そっかぁ、そうだよねぇ…」

「うん…やっぱり、栞菜は特別だからね」


愛理が栞菜を思ってふにゃりと笑う

一瞬でそれに癒されて、一瞬で心が涙を流す


どうして、愛理が思うのが私じゃないんだろう

どうして、好きな人の好きな人を嫌いになれないんだろう

そんな事がずっと心に残っている


いっそ、愛理の事も、かんなんの事も嫌いになれたら楽なのに

私は絶対そんな事しないし、出来ない

だって、愛理の事も好きだけど、かんなんの事も好きだから

その意味は違っても、私にとってどちらも失う事は出来ない


「あっ、メール…栞菜だぁ〜」


私が少し物思いに耽っていると愛理の手にある携帯が鮮やかに踊り出す

栞菜からメールが来たってすぐに愛理が分かったのは、栞菜だけ特別にしてあるのだろう


「なっきぃ、ごめん」

「えっ?」

「外まで迎えに行って来る」

「あっ、うん…」


愛理はさっきまでの浮かない表情から打って変わって

凄く幸せそうな顔を作って、駆け出した


私はそんな姿を見ながら、少しほっとしていた

愛理が私を見ていないこの瞬間だけ、涙を流す事が出来るから

しかし、それは同時にこの恋がずっと叶わぬままだと言う事も思い知る事だった