昼休みの音楽室、ピアノ前
白の鍵盤に指を乗せ、ポンと軽く弾くけど、あの人と同じ様な音は出ない
もう一度、試しても上手くは行かない
…綺麗な音で、綺麗な演奏で、綺麗な声だった
思い出そうとするとポーッとなってしまう
何でだろう、私どこか可笑しいみたい
「…ぃり、愛理!!」
「わっ、わっ、なんだぁ、桃かぁ…」
「桃ですよー」
桃は学校の先輩
私が中学校に入学した時に、高校に上がったとは思えない様な容姿だけど中身はしっかりとした先輩だ
私の事を結構面倒見てくれて、私も頼りにしている
「なんかあったの?」
「うぅん、別に」
「へぇー…じゃあ、桃の伴奏で一曲歌って」
桃は支離滅裂な事をよく言う
でも、それはそれで狙いがあるのを上手く隠しているって言う事を私は知っている
「さんはーい」
「…って、桃ピアノ弾けないでしょ?」
「バレた?」
多分私を笑わせようと思ってこういう事もしてくれているって分かっている
だから、私は思い切り大きな声で笑った
「あー、笑ったなぁ〜」
「だって、桃なんか…フツーに弾けそうに言うんだもん」
ドンドン面白くなって来て、私は呼吸が上手く出来なくなる
ゼェゼェ言っていると、廊下からダッダッと走って来る音が聞こえる
パタンとこの音楽室の前で止まったみたいだ
「愛理、大丈夫!!って、あー先輩!!」
「栞ちゃんおはよー」
「こんにちわ」
栞菜も私の先輩の一人だ
一個上の先輩で、私の寮の寮長を務めている
「愛理、なんか苦しそうだけど大丈夫?」
「うん、笑い過ぎただけ…」
普段は明るくて、皆とはしゃいだりしているけど、時々凄く真剣な眼差しで見つめて来る
私はそんな栞菜が嫌いじゃなかった
「そっか、良かった」
「そうだよ栞ちゃん、桃が一緒に居るから心配しなくて大丈夫」
「余計心配だなぁ〜…って言うか先輩、佐紀先輩が呼んでましたよ」
「佐紀ちゃんが?ホント?なんだろ?」
桃は栞菜からそれだけ聞くと、じゃあねと手を振って音楽室を出て行った
栞菜も笑顔で手を振っていた
張り付いた様な笑顔をしている栞菜を見て、私はフゥッとため息を吐いた
「栞菜、嘘吐いちゃダメって言ってるじゃん」
「…愛理も、人の事言える立場?それにそうでもしなきゃ二人きりになれないし」
栞菜は口を尖らせて、私を見る
その瞳は黒が濃くて、凄く深い深い海の様
気付いた時には唇が合わさっていた
「へへっ」
「……」
「愛理、好きだよ」
「うん」
私はこの瞬間が何よりも好きだった
好きだったけど、どうしてか手放そうとしていた