その人は「毎晩来る」と行った通り、今日もやって来た
私は誰にもバレない様に廊下を走り抜け、扉を開ける
荒くなった息を整える様に膝に手を置き、ふーっと深く息を吸い、それを吐き出した
「大丈夫?」
「はい…」
やっぱり、部屋の電気は点いていなくて、月の光だけ
顔はしっかり見えないし、私の顔さえ見えているのか分からない
だけど、声はしっかりと私に向かって来る
「ウチ、あと一回通して弾いたら帰るよ」
「はい」
それだけ言うと、ポーンと音が聞こえ演奏が始まった
* * * * *
パチパチと拍手をする
しようと思ってした拍手ではなくて、自然とした拍手
「止めてよ、照れるじゃん」
「本当に凄かったんで…」
私は本心を伝える、嘘偽りの無い言葉だった
「君も、歌上手かった」
「えっ…」
私は演奏中にそれに合わせて小声のスキャットで歌っていた
聞こえていないと思ったのに、何か恥ずかしい
「自由にして良いんだよ、ウチも勝手にここ借りてるし」
「…」
「歌う事好きでしょ?」
私は何て答えたら良いか分からずにドギマギしている
ハハハと軽く笑う声が聞こえる
「聞けば分かるよ、君は歌が好き」
「えっ、あぁ…はい」
「よしっ!!じゃあウチ帰る時間だから」
その人は昨日と変わらず、また窓から颯爽と出て行った
* * * * *
左腕に付けた時計を見て焦りながらも、慎重に近道を走り抜ける
早く部屋に居ないと大変な事になってしまう、そう思いながらペースを少しだけあげた
「ふぅっ…」
「おかえり」
「あ〜、もう来てたんだ」
開けておいた窓からヒョイッと部屋に入り靴に付いた泥を落とす
この瞬間のドキドキはいつになってもなれないと思った
「みやこそまた行ってたんだ」
「だって、仕方ないじゃん…」
ベッドに勝手に入り込んで、雑誌を読みながら梨沙子が話しかけてくる
まるで自分の部屋の様にするのはいい加減、止めて欲しい
「バレたら怒られるんじゃない?」
「その時は梨沙子も一緒に怒られるよ」
「え〜、なんで?」
梨沙子はクルリンとひっくり返ってウチを見上げる様な体勢になる
何か不満でもある様にジーッと睨んで来る
「だって、あんた知ってんのに止めないじゃん」
「あー、あー!!知らない、私みやが毎晩部屋抜け出してる事知らない!!」
梨沙子は抜かったと言わんばかりにワーワー騒いでいる
内容がバカ丸出しなのは、本気なのか計算なのか分からないけど結構可愛いと思う
「はいはい、分かったから寝よう」
「うん…ってみや、何か良い事あった?」
良い事…あれを良い事と言うならば、あったと答える
梨沙子に隠し事をしようとしても、無駄な事をウチは分かってるし、隠す必要も無いと思ったから
「なんで?」
「何か、そういう匂いがしたぁー」
「あんた、マジ犬なんじゃない?」
二人で同時にブハッと吹き出した
少しの間笑いが止まらないのがウチらっぽくて、安心出来て
ベッドに入ったらすぐにウチは眠りに落ちた